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2017年5月

2017年5月 9日 (火)

「当たり前のように軋轢があって」

ココロに染みるフレーズ ~その漆百

連休中にいろいろな人の話を
聞く機会がありました

僕もそうですが
世のなかの
人と人との間には
どこもかしこも
当たり前のように軋轢があって

諍いは皆目尽きないものだとつくづく思いました

血のつながりのあるなしに
係わらず諍いはあり
諍いに至らないまでも
その準備段階であるような状況下で
接し続けなければならない
そんな人間関係が
僕が思う以上に
世の中には多くあるようです

僕はこれまで
人を嫌いになるということは
原因が必然として
存在するものと考えていましたが
初見でその後の良好な関係を
否定してしまうことも
人によってはままあるようです

いやいや
僕が思うに
原因は歴然と存在していると思うのです

容姿が自分より良い。
高価なモノを自分より身につけている。
他人から高く注目され
人の輪の中心となる(なりそうな)佇まいである。
そのようなことが理由になっている
場合もなきにしもあらず

思うに人の感情の中枢的マテリアルは
「ねたみ そねみ ひがみ」です

「ねたみ そねみ ひがみ」から生じる
他人への否定感情は
その原因を明かされず
日の目をみないまま
なんとなく合わないであるとか
生理的に合わないであるとか
そういった都合の良い言葉で
遥かかなたへと流されてしまう訳です
悪意のこめられた
他人への否定感情といったところです


対して
はっきりと言葉にできる
嫌われる理由をひとつ示しましょう
僕も僕自身のよくない
部分として自覚していることですが
愛想の良いときもあれば悪い時もあり
言葉の選び方は丁寧だが
感情表現は唐突で
極端いわば乱暴といった
すべて
他人を注目させコントロールしたいといった願望
他人より優れていたいという願望の表れです
はっきりと言葉にできる嫌われる理由
実に、はっきりしすぎています


嫌うほうも
嫌われるほうも
どこか似ている部分があって
紙一重のように思えています




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