「ふさわしいのは「ありがとう」だけだと思うのです」
ココロに染みるフレーズ ~その参百肆拾肆~
にわかコメンテータを増殖させつつある
冬季オリンピックです
冬季オリンピックを熱く語る人の
御顔が
それはそれは赤道直下型だとしても(笑)
またそれも
お祭りのひとつの味わいとして
静かに相づちを打って差し上げたいものです(笑)
とはいえ
僕は少し思うところがあります
アスリートには
自らを破壊して高めるべき部分が多々あると思います
自らを破壊しなければ
高みへと届かない場合もあると思うのです
ベクトルを平安へと向け日々暮している方々からすると
誤解や妬みも生んでしまいがちなのかもしれません
フツーの感性のままでは
なかなか頂点にまで手が届かないものだと思うのです
もっと
寛容に選手のことを理解してあげられたなら
選手はもっと肩のチカラを抜いてプレーできると思うのです
きっと選手ひとりひとりにキモチの高め方があるでしょう
スノボの某氏の一件に関しても
少し騒ぎすぎなんじゃないの???と思います
日の丸を背負って。。。云々
なんてテレビから実況が流れてくると
ん????????なんて思ってしまいます
選手のデリケートな部分に
ズカヅカと土足で踏み込んでしまっているような気がします
先日の
女子モーグル上村愛子さんのレースを観て思いました
順位決定後
インタビューを受けた旦那氏のコメントが
いまも耳に残っています
「一家に一枚、メダルがあればいいのにね。。。」
と仰られたのだけれど
僕は胸が痛みました
この言葉、僕たちに向けてだと思うのです
多くの事を犠牲にして
そこに立っているアスリートに対して
散々プレッシャーをかけているのは僕たちだと思うし
その結果
「頑張ったよね」「残念だったよね」とも
どちらもふさわしくない言葉だと思うのです
ふさわしいのは「ありがとう」だけだと思うのです
一流のアスリートだからこそ
プレッシャーを跳ね返してこそという考え方もあるでしょう
でも
これからも静かにオリンピック観戦をしたいと僕は思っています
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